基礎知識
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トランスディシプリナリティとは?
地球環境問題は、幅広い地域で長期間、さまざまな要因が重なり合って生じているため、その影響を受ける人・与える人も多岐にわたります。また、将来の変化を確実に予測することもできません。そのため「やっかいな問題(wicked problem)」とも言われ、明確な解決策もないので、さまざまな側面から問題に関わる人たち(ステークホルダー)が、共に解決に向けて話し合い、問題と責任を共有しながら、合意形成に基づいた策を練る必要があります。
このような、対象とする問題に関与する人たちが一緒に問題の解決に取り組み、新たな知識を創るアプローチのことをトランスディシプリナリー(transdisciplinary)手法、またはトランスディシプリナリティ(transdisciplinarity)と言います。また、トランスディシプリナリー手法を用いた研究のことをトランスディシプリナリー研究(transdisciplinary research, 超学際研究)と言います。
トランスディシプリナリティの特徴
トランスディシプリナリー手法は、科学的な研究課題ではなく、現実の社会問題に対して、研究者と社会のステークホルダーが一緒に解決に向けて話し合い、取り組むことを特徴としています。例えば、環境問題の場合、研究者は、問題が起こる要因やその関連を明らかにすることができます。一方、実社会のステークホルダーは、役に立つ対処方法を経験上知っていたり、生活上の負担が大きく現実的でない方策を指摘できたりします。トランスディシプリナリティでは、このような科学知、経験知、生活知等、異なる知識を融合することで、実行可能で効果的な解決策を考案することを目指します。
トランスディシプリナリティには複数の定義がありますが、一般的に次の3つの要素が含まれています。
- 1現実の社会問題の解決を目指す
- 2問題の解決に必要なあらゆる分野の研究と社会の知識を融合させる
- 3相互学習を通じて新たな知識を共創し、問題の解決策を考案する
複数の分野にまたがる研究手法としては、他にマルチディシプリナリティやインターディシプリナリティがあります。トランスディシプリナリティは、現実の社会問題を対象とすることと、研究者だけでなく、社会のステークホルダーも一緒に研究に取り組むところがこれらの手法と異なります(図1)。
- 共通のテーマ
- 研究課題
- 社会問題
- 研究者(例:気候学・生態学・経済学)
- 社会のステークホルダー(例:企業・行政・住民)
マルチディシプリナリー手法・
マルチディシプリナリティ
共通のテーマの下に、複数の専門分野の研究者が、分野間の独立を保ったまま研究を行う。
インターディシプリナリー手法・
インターディシプリナリティ
共通の研究課題に対して、複数の専門分野の研究者が、お互いに連携しながら研究を行う。
トランスディシプリナリー手法・
トランスディシプリナリティ
社会問題を解決するために、複数の専門分野の研究者と社会のステークホルダーが、それぞれの専門や経験を融合させ、新しい知識を創出する。
図1 トランスディシプリナリティに関する類似の概念(Tress et al. 2005より改変)
トランスディシプリナリティの歴史
「トランスディシプリナリティ」は、1970年にOECDがフランスで開催した学際性に関する国際会議で初めて使われました。そこで心理学者のピアジェは、学際性(インターディシプリナリティ)を進めた先にある、すべての分野の知識が完全に融合された状態を「トランスディシプリナリティ(TD)」と呼びました(Nicolescu, 2006)。
1990年代以降、トランスディシプリナリティは「フランス系TD」(またはニコレスク学派)と「ドイツ系TD」(またはチューリッヒ学派)の2つの主流な考えに分かれて発展しました。フランス系TDでは、現代社会を理解するために知識を融合することをトランスディシプリティだとしています。ドイツ系TDでは、実社会の問題解決のために学術界、政府、企業等の複数のステークホルダーが協力して解決策を考える研究手法をトランスディシプリナリティと呼んでいます。近年、地球環境やサステナビリティに関するトランスディシプリナリティの文献では、後者の意味で用いられることが多いです。
2012年、国連持続可能な開発会議(リオ+20)がブラジルのリオデジャネイロで開催され、地球環境問題の解決には国際的な協力が不可欠だと再認識されました。2015年には、地球環境問題に関する国際的な研究プログラム、フューチャー・アース(Future Earth)が始動しました。フューチャー・アースは、インターディシプリナリティに加えて、トランスディシプリナリティを強く推進し、異なるステークホルダーと連携しながら、研究を通じて社会を変革することを目的に掲げています。同じく2015年には、国連の持続可能な開発目標(SDGs)が採択されましたが、SDGsにおいても、知識、専門的知見、技術などを動員し、共有するというマルチステークホルダー・パートナーシップの強化(目標17ターゲット16)が掲げられており、科学と社会の国際的な連携・共創の重要性が強調されています。
トランスディシプリナリティに関する論文は年々増え続け、特に2015年以降に急増しています。このことからも、トランスディシプリナリティが昨今、国際的に注目されていることが分かります(図2)。
図2 環境分野におけるトランスディシプリナリティに関する論文数の変移
共創とは?
日本では、フューチャー・アースが開始された2015年頃から、地球環境学の研究者の間でトランスディシプリナリー手法が少しずつ知られるようになりました。しかし、いまだにそれが具体的に何を指すのか、共通した理解は得られていないのが現状です。また、トランスディシプリナリティ、超学際、超域、TDなど、異なる訳語が使われることも、共通の理解を妨げる要因になっていると考えられます。
しかし、重要なのは、トランスディシプリナリー手法が広まる以前から、日本にもそれに近い手法があったという点です。参加型手法やアクション・リサーチ、または社会実装と言われるものです。日本の科学技術政策の基本方針である「第5期科学技術基本計画」(2016年度~2020年度)および2021年3月に策定された「第6期科学技術・イノベーション基本計画」(2021年度~2025年度)では、「共創」という言葉が、トランスディシプリナリティとほぼ同義で用いられています。
「知の共創プロジェクト」では、あえてこの「共創」という言葉を使っています。というのも、ヨーロッパで発展した概念であるトランスディシプリナリー手法だけでなく、日本やアジアでこれまで実践されてきた類似の手法を包括する概念として、日本人にも親しみやすいと考えるためです。
資料
トランスディシプリナリティについて、わかりやすく解説した資料をダウンロードいただけます。
※ブラウザによってはPDFが開きます。
【注】 現在のところ「transiciplinarity」に定訳はありません。「トランズディシプリナリティ」「トランスデシプリナリー手法」「トランスディシプリナリーモデル」など、さまざまなバリエーションがあります。最近では「社会共創」や「学際共創」といった意訳も使われています。「Transdisciplinary research」は一般的に、「超学際研究」または「TD研究」と呼ばれることが多いようです。