STORY 3南スラウェシ:公平な水の分配と管理に向けて

ダム建設の功罪

インドネシア共和国・南スラウェシ州のジェネベラン河は、流域面積789km2、総延長約100km の中規模河川で、その下流には人口100万人以上の州都、マカッサル市と、ゴワ県、タカラール県にまたがる合計234平方キロメートルの水田地帯が広がっています。マカッサル市では雨季には頻繁に洪水が起こり、乾季には水不足となっていたことから、洪水を防ぎ、水道水や、水田地帯への灌漑用水を安定供給するため、2000年に、ビリビリ多目的ダムが建設されました。

ダムが建設される前は雨水による稲作が行われており、年一度の収穫では、この地域の1家の平均である5人の食糧を賄うのがやっとの収入しか得られませんでした。が、ダムが完成し、乾季に水を使う2期作、3期作が可能となり、農家の収入も増えました。しかし一方で、ダムの建設後にも、乾季に水が届かない水田が存在していました。

TD手法で課題に取り組む

スラウェシ在住の研究者、ランピセラ博士は、この課題にTD手法でアプローチできないかと考えました。日本で博士号を取得したランピセラ博士は、総合地球環境学研究所・水土の知プロジェクトのサブリーダーとして来日、水が十分に使える地域と届かない地域、その格差をなくし公平に水を分配することを目的に、5年間にわたり地域の住民たちやさまざまな専門分野の研究者と一緒に取り組みました。

プロジェクトは、自然科学、社会科学、人文学の研究者と地域の人々がチームとなって進められました。自然科学者は、ジェネベラン河の水の配分や利用の現状を把握するため、水位や流速の測定や水の総量、変動を明らかにしました。社会科学者は、インタビューやアンケート調査により、社会状況や既存の水利組織を調査しました。このような基礎的な調査の後、地域の関係者100名以上を集めた会合が行われました(協働計画)。受益者、つまり灌漑用水を使って稲作をする農家の方々のうち、水が十分に使える人と届かない人たちを含めた55名、ほかに水の供給者として、政府の灌漑事務所職員などが34名、日本および現地の研究者8名、そしてその他のステークホルダーとしてNGOや村長等数名が含まれました。ステークホルダーの選定は、正当性(レジティマシー)に配慮し、全員が参加できない場合には、話し合いにより都度、代表を選びました。

そうした複数回の話し合いを重ねた結果、全員参加で灌漑用水を流してみることになりました。水門を開け閉めする場所や時間帯を含め、流域全体の住民と綿密に調整しました。(協働実施)。実施の際には、研究者はデータをとり、水門を開けたときにどこまで水が到達しているのかを明らかにしました。それにより、堰や水門の門番が具体的な問題点に気づき、自ら政府の予算を獲得し、修理を行うなど、自発的な努力が行われるようになりました。その後、このような活動の結果が地域で持続的に維持されるために、「水配分マニュアル」を作成しました。マニュアルでは、30以上のステークホルダーの種類を特定し、それぞれの役割や、会合の時期等に具体的に触れ、プロジェクトの終了後、研究者不在時にも取り組みが続けられるよう、詳細な情報が記載されています。

5年間のプロジェクトを終えたランピセラ博士は、現在はスラウェシに戻り、地域をたびたび訪れながら新たな活動に取り組んでいます。

水配分マニュアル

(文:大西有子)

共創のストーリーとは

実社会の課題に対する共創の取り組みを、研究者や住民の方々からのヒアリングと文献等を基に独自の視点でまとめたものです。
※研究プロジェクトの概要とは異なります。プロジェクト全体の研究内容や成果の詳細を知りたい方は以下の参考文献等をご参照ください。

参考文献:

ランピセラ、2016、共に創るースラウェシでの事例からー、窪田(編)、水を分かつー地域の未来可能性の共創ー、勉誠出版。

ウェブサイト:

総合地球環境学研究所・水土の知プロジェクト