変化の理論(セオリー・オブ・チェンジ)
変化を志向する研究におけるプランニング、モニタリング、評価、学習の繰り返しに役立つ実践的な方法
変化の理論とは?
変化の理論(ToC)は変化のプロセス(過程)を概念化したものです。変化につながるか、それに役立つ活動もしくは一連の活動(プロジェクトやプログラムなど)において、なぜ・どのように変化が起こるのかを描写し、説明するものです。ToCは単独の理論ではなく、変化のプロセスのさまざまな段階を描写し、説明する理論のセットです。この手法が前提とするのは、社会生態学的なシステムは複雑であること、因果関係のプロセスはたいてい非線形であり、いくつもの相互作用とフィードバックの繰り返しがあることです。ToCは変化のプロセスの主要なアクター(関係者)を洗い出し、アクターの行動を変化のプロセスの連続的な段階と見なし、変化の理論的な根拠を明示します。ToCは、プランニングツールとしても、モニタリングや評価のフレームワークとしても、分析ツールとしても活用できます。
ToCの考え方は研究以外の場でも役立ちます。たとえば、高等教育プログラム、開発プロジェクトなど、変化を志向する取り組みに適しています。
なぜ使うべきか?
ToCは、トランスディシプリナリー(超学際/TD)研究が問題解決にどう影響するか、問題解決をどう実現するかを考察するための枠組みです。なぜ・どのように変化が起きる見込みなのか、その道筋と前提をToCの形で明確にすると、クリティカルシンキング(批判的思考)が促され、アラインメント(組織内の連携、協力)と 、透明性が高まります。そのプロセスで変化のロジックや根底にある前提の欠陥が浮き彫りになり、意図するインパクト*のために変えるべき活動、補うべき活動を見つけやすくなります。
プランニングツールとしてToCを使うと、プロジェクトを批判的に振り返ることができ、プロジェクトの企画と実行がより現実的で問題に即したものになります。モニタリングツールとしてToCを使うと、進捗度を判断する有用な指標を設定しやすくなり、アダプティブマネジメント(順応的管理)ができるようになります。評価ツールと使うと、明確に定義されたToCに基づいて変化のプロセスの段階ごとに検証可能な仮説を立てることができます。ToCがあれば、期待されるアウトカム(成果)が実際に達成できたかを各段階で評価するために必要なデータ要件とデータソース候補を特定しやすくなり、変化が仮説どおり起きたか確認することができます。

変化の理論(ToC)の要素間の相互作用を表した図(Belcher, Claus & Davel)
注:この図は「アウトカムマッピング」(Earl, Carden, & Smutylo, 2001)の考え方に基づいて、次の条件で変化のプロセスを概念化したものである。
1) コントロールの範囲、影響の範囲、関心の範囲の中で、ある介入の影響が時間の経過と空間の広がりとともに比較的弱まっていく、
2) アウトカム(成果)はシステム内の主要アクターの知識、姿勢、スキル、関係の変化によって影響される行動変化として定義される。
いつ使うべきか?
ToCはプロジェクト/プログラムのどの段階でも使えます。初期の段階に用いれば、一定のフレームワークとして、プロジェクト/プログラムのプランニング、企画、実施の指針になります。プロジェクトが実施段階に入ってから、モニタリングの補助として用いることもできます。また事後評価のために用いることもでき、その場合はToCを変化のプロセスの仮説セットとして実証的に検証することができます。ToCは過去を振り返って記録することもできますが、プランニングの一環として先を見越して作成すると、より意義があり、精度が高くなります。最初に作成したToCは、プロジェクト/プログラムの進捗に応じて修正できます
どう使うのか?
ToCモデルは、一般にワークショップ形式で作成します。経験上、次の手順をおすすめしますが、反復プロセスであるという性質から順番は柔軟に変えてもかまいません。
1
全体的な目的を決める:たとえば貧困の撲滅など、(責任があるわけではないが)研究を役立てたい対象である大きな目標。
2
主要な活動、関係者、関与方法の案を決める。
3
研究プロジェクト/プログラムから生み出そうと意図するアウトプット(例:知識、テクノロジー、関係)を決める。
4
計画した活動、関与の用法、生み出されるアウトプットの結果であるアウトカム(アクターへの影響、たとえば知識、姿勢、スキル、関係、行動の変化)を決める(変化のプロセスの異なる段階のアウトカムを考えること。すなわち中・短期アウトカム、プロジェクト終了時アウトカム、高次の長期アウトカム)。
5
アウトカムによるインパクトを特定する(たとえば社会、経済、環境に与える具体的な恩恵)。
6
主要な因果関係に関する基本的な理論と前提を文書にし、分析する(ある結果がなぜ・どのように実現するのか)。
7
モデルを修正し、精度を上げる。そして主要な活動、アクター、プロジェクト/プログラムのロジックが主要なアウトカムの達成に有効であるように確実で適切なものにしていく。
ToCモデルの精度、有効性、透明性を高めるには、プロジェクト/プログラムのステークホルダーによる継続的なモデルの検証や点検が重要です。このプロセスに参加することで、説明責任の土台となるモデルの当事者意識が生まれ、それが研究成果を上げる可能性も高めます。
アウトカムに対する達成度を評価し、説明するために必要な情報を体系的に集めるには、次の方法が有効です。
1)ToCの重要な段階(アウトカム)に対する成功の指標や尺度を決める。
2)アウトカムの実現を立証もしくは反証するために必要なエビデンスを明確にする。
3)必要なデータとデータソースを特定する。
4)プロジェクト/プログラムの予定間隔でアウトカム達成度のエビデンスを集める。
考え方の相違をどう埋めるのか?
ToCの作成は、考え方、専門分野、認識の相違を埋めるフォーラム(討論の場)となり、フレームワークとなります。ToCのプロセスを経て参加者の考え、視点、アプローチが浮かび上がり、それが互いを刺激して、めざす変化に関する前提や予想を比較できるようになります。参加者は互いの考えを土台にして集団としての目的や一連のアウトカムを確認します。さらに参加者は、複数のアクター集団が関与する異なる活動間、また1つ以上のインパクトの道筋に影響を及ぼす活動間の一致点を見つけ、対応づけることができます。研究の進行は、より結果重視になり、チーム内やワークショップ参加者内の多様な考え方や専門性を反映したものになる傾向があります。
アウトプット・アウトカムは何か?**
ToCモデリングのアウトプット*は、ナラティブや図表で示すことができます。たとえば、ボックス(四角形)を矢印でつないで結果のネットワークを表すフローチャートがよく使われます。フローチャートのボックス(それぞれ活動、アウトプット、アウトカム**を表す)は、一般にインパクトに至る道筋におけるテーマ別またはアクター別に整理されます。矢印は因果関係の前提、理論的説明、各段階が実現する仕組みを表しますが、それを言葉で説明するのがフローチャートに付随するToCナラティブです。エビデンステーブルは、ToCモデルの基本的な仮説を実証的に検証するためのエビデンスのソースを一覧にしてToCを補足するものです。
アウトカムに関しては、ToCを策定するプロセスによって、研究プロジェクト/プログラム全体についての共通認識と当事者意識が形成されます。研究プロジェクト/プログラムの進行中には、ToCモデルがあることで、めざす変化のプロセスで必要な活動とアクター、そして各々が果たす役割がより明確になるので、進捗をモニターし、評価するための基準点ができます。
誰がどんな役割を担うのか?
研究プロジェクト/プログラムのマネジメントと協力者のほか、理想を言えば、研究に関わることになる主要ステークホルダー(すなわち相談先、情報提供先、何らかの関係者)がToCワークショップに参加すべきです。ファシリテーターはディスカッションの進行役です。ToCのモニタリングと評価は、プロジェクトチームが実施する場合もあれば、外部の評価者が実施する場合もあります。ToCのエビデンスを集めるためにどの情報提供者が不可欠かは、研究プロジェクト/プログラムの運営状況に大きく左右されます。
必要な準備は?
1) 主要概念と、その概念が自分たちの研究プロジェクト/プログラムの状況にどう当てはまるかを理解する。
2)変化のプロセスの段階ごとにToCを明確にするための問いを用意する。
3))ToCを文書にするための資料(テンプレート)。
主要概念、ToCを明確にするための問い、テンプレートは、次のウェブサイトからダウンロードできます。(英語のみ)
もっと知るには?
ウェブサイト www.researcheffectiveness.ca
Belcher, B M, Davel R, Claus R (2020). A refined method for theory-based evaluation of the societal impacts of research. Methods X. 7, 100778. doi.org/10.1016/j.mex.2020.100788.
【訳注】
*「インパクト」は、長期的に起こる、プロジェクトの影響。たとえば、将来の社会の状況。**「アウトプット」は、短期的に得られる、活動の結果(成果物等)。「アウトカム」は、中期的に得られる、活動の効果・成果。
このリーフレットは、td-netによる「知の協働生産のためのツール集」を翻訳したものです。最新の情報については、td-netのウェブサイトをご覧ください。
(https://naturalsciences.ch/co-producing-knowledge-explained/methods/td-net_toolbox)Belcher, B., Claus, R. 2020 Theory of Change. td-net toolbox profile (5). Swiss Academies of Arts and Sciences: td-net toolbox for co-producing knowledge.(ベルヒャー, B. クラウス, R. 2022 大西有子監訳 2022 『変化の理論-td-netツールボックス ツールno.6』 総合地球環境学研究所)