解放的境界批評
専門家が提案する問題解決策と、その解決策が社会と環境に及ぼす影響について、専門家でない人たちが多角的に検討し、議論するための質問リスト
解放的境界批評とは?
解放的境界批評(Emancipatory boundary critique)は、専門家の問題解決策の基準となっている前提条件とその解決策が社会や環境に及ぼす影響について、専門家でない人たちが明らかにできるように考案された質問リストです。ウルリッヒが開発した専門家の内省的実践のためのフレームワーク、『批判的システムヒューリスティックス』*を用いて行います。
なぜ使うべきか?
どの問題解決策にも、必ず前提条件があります(ウルリッヒの用語では「境界判断(boundary judgments)」)。こうした前提条件とその結果について、多角的に検討し、議論する際、専門家は、専門家でない人たちと同等の立場です。そのため、その結果を引き受ける当事者(【訳注】該当地域の住民等)がこうした前提について話し合い、(【訳注】どのような策を講じるのかを)決定することが非常に重要です。
いつ使うべきか?
この手法は、問題に対して出された特定の解決策を多角的に考察し、議論するために役立ちます。解決策が提示された時から、使うことができます。
どのように実施するか?
解放的境界批評では、専門家でない人たちが専門家に対して投げかける「境界判断のための質問チェックリスト」(Ulrich, 2005, p 11)を使います。次のとおり12の質問があります。
【動機の源泉】
1
クライアントや受益者は誰か(誰であるべきか)?つまり、誰の利益になるのか(なるべきなのか)?
2
目的は何(何であるべきか)?つまり、その結果は何(何であるべきか)?
3
改善の尺度もしくは成功の尺度は何か(何であるべきか)?すなわち、結果が総合的に見て結果を「改善された」とみるには、どうすれば判断できる(判断すべき)か?
【権限の源泉】
4
意思決定者は誰(誰であるべき)か? すなわち、改善の尺度を変える立場にある人は誰(誰であるべき)か?
5
成功させるために必要なリソースや他の条件のうち、意思決定者がコントロールするものは何(何であるべき)か?
6
どのような成功条件が意思決定環境に含まれる(含まれるべき)か? すなわち、(たとえば、関係者以外の見地から)意思決定者がコントロールできない条件は何(何であるべき)か?
【知識の源泉】
7
専門家か、それ以上のエキスパートと見なされるのは誰(誰であるべき)か?すなわち、経験や専門知識を十分に提供できる者として関与するのは誰(誰であるべき)か?
8
どんな種類の専門家から助言を求める(求めるべき)か? すなわち、何が関連のある知識と見なされる(見なされるべき)か?
9
成功の保証人と見なされるのは誰、何(誰であるべき、何であるべき)か? すなわち、関係者は改善が達成されるという保証をどこに求める(求めるべき)か?(たとえば、専門家間の合意、ステークホルダーの関与、関係者の経験と直観、または政治的支援など。)
【正当性の源泉】
10
影響を受けるが関与していない人々の利害の証人は誰(誰であるべき)か? すなわち、正当なステークホルダーとして扱われるのは誰(誰であるべき)か、また、未来の世代や人間以外の自然など、自己の意見を言えないステークホルダーの代弁者は誰(誰であるべき)か?
11
関係者の約束と約束に影響される人々の解放を保証するのは何(何であるべき)か? すなわち、正当性はどこにある(あるべき)か?
12
どんな世界観が決定的(決定的であるべき)か? すなわち、さまざまな「改善」のビジョンのうち何を考慮に入れる(考慮すべき)か? それらをどう調和させる(調和させるべき)か?
どのように考え方の相違を埋めるか?
解決策を提案する専門家と、影響を受ける専門家でない人たちが対等な立場で対話可能になり、考え方の相違が埋まります。
アウトプット・アウトカムは何か?**
アウトプットとして、提案された解決策に関する対話が生まれ、その基準となっている前提条件と社会や環境に及ぼす影響をオープンに審議することができます。全体的なアウトカムは、対話に参加した人々の間で解決の理解の幅が広がる(解放される)ことです。
【訳注】
*『批判的システムヒューリスティックス』(Critical Systems Heuristics)とは、”Critical Heuristics” または ”CSH”とも称され、実践哲学とシステム思考に基づいたフレームワークを指す。
**「アウトプット」は、短期的に得られる、活動の結果(成果物等)。(「アウトカム」は、中期的に得られる、活動の効果、成果。
誰がどんな役割を担うのか?
専門家と専門家でない人が少なくとも1名ずつ必要です。大きなグループの場合、モデレーター(司会者)をおいてもよいでしょう。
何を準備すべきか?
システム思考を研究してきたウルリッヒは、理解しやすいとは言えない表現を使っています(ウルリッヒの用語では「証人」、「意思決定環境」、「クライアント」、「保証人」など)。そのため、上記で引用した12の質問では、続く2番目の質問(「すなわち」で始まるもの)で平易な言葉を使って境界のカテゴリーを定義し直しました。基本的な論拠を理解するには、『批判的システムヒューリスティックス』を読むことをお勧めします。さらに、課題となっている解決策に関して、より「具体的な質問」を用意すると良いでしょう。ウルリッヒは「具体的な質問」の参考例を挙げています。たとえば、新しい種類の土地利用を導入する場合は次のようになります。 「この新しい農法を採用する手段や技術を持った人がこの地域にいるかどうか分からない。手段や技術を持った人たちのためだけの計画ということにならないか」。(解放に有効な「クライアント」の質問) (Ulrich, 2005, p13)
もっと知るには?
ウルリッヒのウェブサイト: www.wulrich.com.
Ulrich W 2005. A brief introduction to critical systems heuristics (CSH).Milton Keynes, UK: The Open University
このページの内容はスイスアカデミーによる「知の協働生産のためのツールボックス」を翻訳したものです。
(URL:https://naturalsciences.ch/co-producing-knowledge-explained/methods/td-net_toolbox)
Pohl, C. 2020 Emancipatory Boundary Critique. td-net toolbox profile (1). Swiss Academies of Arts and Sciences: td-net toolbox for co-producing knowledge. (ポール, C. 大西有子監訳 2022 『解放的境界批評:td-netツールボックス ツール No.1』 総合地球環境学研究所)