学問分野、専門職、文化の境界を越えて概念の理解を交換するためのヒューリスティック(発見的)ツール

ノマディック(遊牧型)概念とは?

ノマディック(遊牧型)概念は、「旅する概念(travelling concepts)」とも呼ばれ、おそらくその呼び方のほうが知られています。それは、アイデンティティ、空間、感情といった概念のさまざまな理解と用法について、話し合い、対比させることで学問分野、専門職、文化の境界を越えてコミュニケーションを図るためのヒューリスティック(発見的)ツールであり、分析的な実践です。したがって、翻訳ツールとも呼べるでしょう。 ノマディック概念を最初に提唱したのはベルギーの科学哲学者、イザベル・スタンジェールで、スタンジェールは自分が編集した選集『D’une science à l’autre: des concepts nomades』 (1987年)において、「ハード」科学と「ソフト」科学の間を、また各々の領域内を旅する概念の目的を、討論のきっかけとなり、発明を促進することだとしています。その後、オランダのナラトロジスト(物語論研究者)、ミーク・バルが著書『Travelling Concepts in the Humanities: A Rough Guide』(2002年)で、人文科学で概念を扱うと徹底的に学際的で間主観的(客観的)なアプローチが可能になると述べ、実証しました。

なぜ使うべきか?

ノマディック概念ツールは、研究者の専門分野の視点と理論化の可能性と限界について批判的な意識を育てます。それは研究者の概念的フレームワークを研ぎ澄まし、専門分野でも学際的分野でも厳密さと質を両立させます。このような概念は、流動的な「ミニ理論」や意味論単位と理解され、専門分野を越えて、また非学術的な知識生産を巻き込んで新しい問いやプロジェクトの交換、相互学習、共同開発を促進します。 フランスの哲学者、ジル・ドゥルーズと精神分析家、フェリックス・ガタリが提唱したように(1991年)、固定された基盤をもたないが、さまざまな領域を移動し、あちこちで多様な経験的内容や問題と結びつくものという概念の理解に従えば、この方法論的実践は新しい概念を(共同)創造するためのツールでもあります。これは、基本知識(異なる分野で概念が何を意味するか)を生み出すだけではありません。現象の新しい理解に至り、新しい方法で力関係を編成するという意味で、真に学際的で超学際的でさえある変革的知識(異なる分野や文脈で概念が何をし、何を誘発するか)につながるのです。

いつ使うべきか?

個人的なものであれ(博士論文)、もっと大きなものであれ、学際的もしくは超学際的な出会いやグループプロセスの始まりで、また研究プロジェクトの全過程で繰り返し採用できます。会議の焦点にもなります。たとえば、欧州文学・科学・芸術学会(European Society for Literature, Science and the Arts)の年次会議は、「共感」(Basel、2017年)、「人新世」(Katowice、2020年)など、通常、ある概念が中心です。

どう使うのか?

次の説明は、ベルン大学の人文・社会科学大学院(Graduate School of the Humanities and the Social Sciences)(https://bit.ly/2wCg7hx)での実践例に基づいています。

1

ファシリテーターが1つないし複数の概念を選択します。選択する概念は、共同プロジェクトに関連があり、かつプロジェクトに集まっているさまざまな学問分野の研究にとって概ね等しく重要な広義性をもつものにすべきです。例を挙げると、記憶、アイデンティティ、感情、ナラティブ、パフォーマンス、覇権、志向性、空間など。

2

参加者が概念ごとにワーキンググループをつくります。各ワーキンググループは、担当する概念をテーマに背景知識のインプットを行い、その概念に基づいてワークショップのとりまとめを担います。ワーキンググループは、準備として、テーマの概念を理論的に扱うか、その概念を具体的な文脈に適用する参考書を数冊読みます。そのなかから、入り口としてふさわしく、全参加者に関係がある基本参考書を2~3冊選びます。

3

専門家(基本参考書の著者など)が、特に重要な書籍や見解の調査を含め、概念の歴史に関する背景知識を提供します(講義など)。その専門家が選択された概念に関連する自身の研究領域に集中することもあるでしょう。ディスカッションのために十分な時間を確保してください。

4

ワークショップで、参加者が参考書についてより詳細に話し合って概念のさまざまな理解と用法を挙げます。

5

次に、ワーキンググループのメンバーが各自の研究、すなわち概念との関連で自分のプロジェクトへの貢献について発表します(あるいは概念が自分の研究に関係しない理由、異なるがおそらく類似した概念のほうが分析力をもつ理由を主張する)。

6

専門家と同僚が建設的なフィードバックを提供し、さらに読書するための提案をします。

7

理想的には、ワーキンググループのメンバーがそのフィードバックをすぐに各自のプロジェクトへの貢献に反映させ、その後数週間/数カ月は選択した概念を中心に知識の統合に集中します。

8

ワークショップ後もワーキングループが定期的に集まり、学際的な「品質チェック」を受けるために参加者が自分の進行中の研究を発表し合うことをお勧めします。

考え方の相違をどう埋めるのか?

概念そのものが橋渡しになります。概念は各思考集団内で特定の意味と用法をもちます。各参加者がほかの学問分野、専門職、文化の集団から得た知識を自分の分野に持ち帰ると、その知識が問題認識と問題分析の方法に変化をもたらすことがあります。

結果・成果は何か?

問題のフレーミングと問題ついて、より複雑な知識を生産するための装置である概念の幅が広がること。

誰がどんな役割を担うのか?

この方法は、相手から学び、共に学ぶ「対称学習」(Lepenies、2010年)を奨励します。すなわち階層をまたぐ相互学習です。参加者はそれぞれ自分の分野では専門家であり、専門分野の知識をテーブルに持ち寄り、自ら「見知らぬ」知識の統合も行います。

必要な準備は?

ファシリテーターは、(1)参加者にとって概ね等しく重要な1つ以上の概念を指定する、(2)ワーキンググループのタスクを調整する、(3)プレゼンテーションとワークショップのための部屋を用意する必要があります。 参加者は提案された参考書を読み、自分の研究に関連して選択した概念についてプレゼンテーションを準備する必要があります。

やらないほうがいい場合

ノマディック概念ツールは、もともと多様な研究者が集まったグループのために設計されました。社会科学と人文科学の研究者は抽象的な概念を熟考することに慣れていますが、ほかの社会的ステークホルダーはそれほどではないと思われます。

もっと知るには?

Rossini M, Toggweiler M 2014. Cultural Transfer: An Introduction. Word and Text, Vol. IV, Issue 2, pp 5-9.

Darbellay F 2012. The circulation of knowledge as an interdisciplinary process: Travelling concepts, analogies and metaphors. Issues In Integrative Studies, 30, pp 1-18.

Lepenies, W 2010. Die Idee der Universität heute – und wieso Elfenbeintürme gut fürsie sind, presentation held at the University of Bern, 11. Mai 2010, https://tube.switch.ch/videos/7b40244e

このリーフレットは、td-netによる「知の協働生産のためのツール集」を翻訳したものです。最新の情報については、td-netのウェブサイトをご覧ください。

(https://naturalsciences.ch/co-producing-knowledge-explained/methods/td-net_toolbox)

ロッシーニ, M. 2021、ノマディック概念、大西有子(監訳)、TD研究のツール集、総合地球環境学研究所
Rossini M 2020. Nomadic concepts. td-net toolbox profile (13). Swiss Academies of Arts and Sciences: td-net toolbox for co-producing knowledge. www.transdisciplinarity.ch/toolbox. doi.org/10.5281/zenodo.3717144.

リーフレットはこちらからダウンロードできます

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