STORY 2住民参加型の温泉資源モニタリング
大分県別府市は、日本有数の温泉観光地として知られています。市内の各所に分布する泉源の数は日本で最多といわれ、温泉資源はホテル・旅館などの宿泊施設、市営・区営の公衆浴場や病院などの厚生・福祉施設において、いろいろな目的に利用されています。しかし、豊かに見える温泉も、限りある資源の一つです。高度成長期には、温泉水の過剰消費が引き金となり、沿岸部において温泉水の温度が低下しました。行政による規制により一旦状況は回復しましたが、近年では再生可能エネルギーへの関心の高まりを背景に、温泉水による温泉熱発電が注目され、温泉資源への需要が再度増加しています。特に、温泉熱発電所は河川の上流に多く建設されていることから、下流にある別府市の宿泊施設や浴場では、温泉水の供給量や温度・成分の変化等の影響も懸念されています。
地下に眠る温泉水の全体量を測ることできません。そのため、温泉資源を枯渇・減少させることなく、長期的に、かつ公正・公平に利用しつづけるためには、現状を把握したうえで変化をいち早く察知し、必要に応じて対策を講じることが重要になります。
このような背景の中、総合地球環境学研究所の環太平洋ネクサスプロジェクト(正式名称:アジア環太平洋地域の人間環境安全保障─水・エネルギー・食料ネクサス)では、別府市民の方々と協働で、温泉の温度や成分を観測する一斉調査を企画しました。
温泉の状態を知るためには、科学的なデータ、そして変化を評価するための基準となるデータの蓄積が必要となります。温泉が生成される自然科学的なメカニズムは大気と地下水にまたがる水循環と地学現象に関わる複雑なプロセスですが、泉源から湧き出る温泉水の温度や成分を調べることで、温泉資源の安定や変化に気づくことができます。
過去には、専門家が温泉の調査を行っていました。しかし、市の共有財産としての温泉資源をどのように利活用するかを決める主体は、住民一人一人です。そこで、温泉の科学的なフィールド調査を体験しつつ、住民たちの力で継続的に観測(モニタリング)を続ける仕組みをつくるため、別府市役所温泉課や地域の大学、NPOの協力のもと、幅広い市民に参加を呼びかけ、2016年11月に「せーので測ろう!別府市全域温泉一斉調査」を実施しました。
一斉調査では、参加者が数グループに分かれて市内に分布する泉源を訪問し、水温と電気伝導度、pH等を計測する一方、計測方法の指導、データの分析や解釈等を研究者が行いました。2017年11月には2回目の調査が実施され、2018年3月にプロジェクトが終了した後は、別府市が事業を引き継ぎ、現在も毎年活動が続けられています。得られたデータを集め、蓄積するために、プロジェクトで制作されたウェブアプリを通じて、新たなデータも含めて随時公開されています。
(文:大西有子、王智宏)
実社会の課題に対する共創の取り組みを、研究者や住民の方々からのヒアリングと文献等を基に独自の視点でまとめたものです。
※研究プロジェクトの概要とは異なります。プロジェクト全体の研究内容や成果の詳細を知りたい方は以下の参考文献等をご参照ください。
参考文献:
馬場, 増原, 遠藤 (著, 編)、2018、地熱資源をめぐる水・エネルギー・食料ネクサス―学際・超学際アプローチに向けて、近代科学社。Website: