STORY 1田んぼのにぎわいと地域のうるおい


琵琶湖と環境問題

日本一大きい湖――琵琶湖は、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県の近畿1450万人の水資源としても使われています。現在、水はとてもきれいで、湖水浴や観光に訪れる人も多いですが、かつては深刻な環境問題に悩まされていました。

びわ湖

周辺地域の人口増加、工場建設、農業の近代化等により、1960年代後半から琵琶湖の水質は悪化し、1977年から1981年にかけてプランクトンが大発生する、「赤潮」が起こりました。赤潮とは、植物プランクトンが異常に増殖することで、水面の色が赤色や茶褐色に見える現象のことで、生活排水や農業により、海、湖、河川等水中の肥料分(リンや窒素等の栄養塩)の濃度が高まり、富栄養化が進行することが原因の一つと言われます。赤潮が起こると、プランクトンが鰓に詰まったり、水中の酸素濃度が低くなって魚や貝が死んでしまったり、水産業にも大きな被害を与えます。

環境や産業に影響を与える赤潮を防ぐためには、琵琶湖だけではなく、その流域全体にわたって、生活や農業の排水に含まれるリンや窒素の過剰な排出を抑えることが必要です。一方で、そこで暮らす人たちは、少子高齢化、農作物の低価格化、漁獲量の変動など、地域ごとに異なる課題を抱えているため、環境問題だけに取り組むのではなく、これらの課題にも同時に対処しなければ、長期的な問題解決にはつながりません。そのため、行政、研究者、各地域の住民など、多様な関係者が話し合い、一緒に解決に向けて取り組むことが重要です。

研究者と農家の方々との話し合い

TD手法で課題に取り組む

総合地球環境学研究所の栄養循環プロジェクト(正式名称:生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会ー生態システムの健全性2015~2019年度実施)では、琵琶湖の環境問題に対処するため、TD手法を使って課題にアプローチしました。プロジェクトでは、琵琶湖に流入する最大の河川、野洲川の流域を対象として、生態学と社会学という異なる分野の専門家がチームをつくり、地域住民の生活や主体性を尊重しながら、流域の生態系を健全に保つ方法を考えました。

滋賀県甲賀市の小佐治地区は、野洲川の中流域に位置する農村集落です。 マグネシウムを豊富に含む粘土質の田んぼの特性を活かし、「滋賀羽二重糯(しがはぶたえもち)」と呼ばれる美味しいもち米を生産しています。

小佐治地区

小佐治では、冬の田んぼに水を張る、冬期湛水(とうきたんすい)を2016年から始めました。一般的な農法(慣行農法)では、冬の間は田んぼに水を張りません。冬期湛水(または「冬季湛水」「ふゆみずたんぼ」)は、古くは江戸時代からあった伝統的な稲作方法ですが、農業の近代化とともにみられなくなりました。ですが、近年になって、土地の肥沃度を高め、化学肥料の軽減効果があるほか、湿地の生物保全にも役立つことから、冬期湛水は環境配慮型農法の一つとして再注目されています。

少数の農家しか取り組んでいなかった冬期湛水を、どのようにサポートし、広められるか。まず、研究者は小佐治の集落に住み込み、そこで暮らす人たちと共に時間を過ごし、対話を重ねて、地域の暮らしや、そこで住む人たちの自然との関わりへの理解を深めていきました。そしてたどり着いたのは、特定の生き物を「にぎわい」(生物多様性)のバロメーターとして用いることで、取り組みの成果を住民自ら実感することでした。

小佐治の田んぼには、さまざまな生き物が棲んでいます。中でもニホンアカガエルは、京都府など複数の都道府県でレッドデータブックに記載されている、希少な生き物です。農家の方々と一緒にニホンアカガエルの卵の数を調べると、冬の田んぼでは卵の数が増えていることが分かりました。また、地域の子どもたちを招いて実施した「生き物観察会」では、アカガエルだけではなく、メダカやカスミサンショウウオなど、たくさんの生き物を確認できました。

生き物観察会

さらに、農家の方々の協力と助言を得ながら、冬期湛水を実施した水田と慣行農法の水田の土壌を採取し、これを実験室で培養したところ、冬期湛水を行った水田では、リンの流出が抑えられることも分かりました。

その後、研究者と農家の方々が一緒になってシンポジウムで発表したり、野洲川流域の他の地域の代表者も招いてセミナー等を実施したり、さまざまな地域や立場の人たちと交流を深める機会も創り出しました。

滋賀県主催「第12回淡海の川づくりフォーラム」

小さな生き物たちと共に

こうして冬期湛水によって自然環境が改善すること、そして、生き物を通じた交流が地域の活性化につながることを住民自身が実感できたことは、取り組みの後押しとなり、小佐治地区で実施される冬期湛水の田んぼの面積は飛躍的に増えました。プロジェクトが終了した現在も、多くの農家が冬期湛水を継続して実施しています。

(文:大西有子)

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共創のストーリーとは

実社会の課題に対する共創の取り組みを、研究者や住民の方々からのヒアリングと文献等を基に独自の視点でまとめたものです。
※研究プロジェクトの概要とは異なります。プロジェクト全体の研究内容や成果の詳細を知りたい方は以下の参考文献等をご参照ください。

参考文献:

脇田・谷内・奥田、2020、流域ガバナンス:地域の「しあわせ」と流域の「健全性」、京都大学学術出版会

Takuya Ishida, Yoshitoshi Uehara, Tohru Ikeya, Takashi F. Haraguchi, Satoshi Asano, Yohei Ogino & Noboru Okuda ,Effects of winter flooding on phosphorus dynamics in rice fields, Limnology, 20200424

淺野・脇田・西前・石田・奥田、2018 『地域の環境ものさし』による生物多様性保全活動の推進. 農村計画学会誌 37(2):150-156.

淺野、2022、地域の〈環境ものさし〉生物多様性保全の新しいツール、昭和堂

動画:

母なる湖びわ湖〜野洲川流域ガバナンス〜

小佐治 いきもの観察会

ウェブサイト:

総合地球環境学研究所・栄養循環プロジェクト